大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

徳島家庭裁判所 昭和51年(家)1316号 審判

申立人 川本佳子(仮名) 外一名

右法定代理人 親権者母 川本紀美子(仮名)

主文

本件各申立を却下する。

理由

1  申立の趣旨

申立人らの氏「川本」を本籍徳島市○○○町×丁目××番地父山田宏の氏に変更することを許可する審判を求める。

2  申立の実情

申立人両名は父山田宏と母川本紀美子との間に出生した婚外子であるが、昭和五一年七月二九日父山田宏から認知された。山田宏は昭和四六年頃から本妻雅子と別居し、妻雅子は夫宏との間に出生した長男義夫、二男昭二とともに○○郡○○町の○○町営住宅に居住している。申立人両名は現住所に父宏、母紀美子とともに同居中であるので、周囲から山田姓で呼ばれているし、申立人佳子は昭和五二年四月から幼稚園に入園予定であるが、自己の姓を山田と信じており、入園に際し母川本紀美子の氏を称することは童心を著しく傷つけることになる。また本妻雅子は申立人らが父の氏「山田」に変更することに同意している。よつて申立の趣旨のとおりの審判を求める。

3  当裁判所の判断

(1)  調査の結果によると次の事実が認められる。

1 申立人両名の父山田宏は昭和三二年現在の妻雅子と婚姻し、昭和三三年長男義夫、昭和三四年二男昭二の二人の嫡出子が生れ、夫婦仲は順調であつた。しかるに宏は昭和三七年頃から当時徳島市○町でバーホステスをしていた川本紀美子(申立人両名の母)と親密になり不倫な情交関係を結び、昭和四二年頃から紀美子のアパートでしばしば外泊するようになつた。昭和四四年頃この不倫関係が発覚し、宏は親族から紀美子との関係を問責され、同女との関係を解消するよう要求されたが、相変らず同女のアパートにかよい、他方紀美子も昭和四六年初め本妻雅子から夫宏との不倫の関係を絶つよう願いを受けたが、これを拒否し、その直後宏と紀美子は○○方面に出奔した。二人は約一ヵ月余りして帰徳したが、その後宏は妻雅子に暴力を振い、刄物で傷を負わせる状態となつたため、妻雅子は宏との同居に耐えかね同年六月一〇日嫡出子二人を連れて○○町の実家へ帰り、宏と別居した。その直後に、宏と紀美子は当時の宏の自宅(申立人両名の現住所)で同棲生活に入り、それ以来現在まで同棲を続け、その間紀美子は昭和四七年五月申立人佳子、昭和五一年七月申立人由里を生み、同年七月二九日宏は嫡出でない子として申立人両名を認知し、現在四人で同居中であるが、親権者は母紀美子で、父宏が親権者となる協議はしていない。

2 宏はもと畳床の職人であつたが、昭和四八年頃から長距離便の運転手をしており、月収は約二〇万円である。申立人佳子は昭和五二年四月から幼稚園に入園することになつたが、父宏と同居しているので近隣では「山田」姓で呼ばれ、自分の名前を「やまだけいこ」と認識しているところから、同年一月二七日徳島市立○○幼稚園に保護者川本紀美子名で入園願書を提出した際、紀美子は申立人佳子について近隣での通称である山田姓で呼んでほしいと依頼し、幼稚園側はこの希望をいれ、申立人佳子は入園後山田姓で呼ばれている。

3 一方妻雅子は実家に一年住み、その後○○町内の町営住宅に移つたが、家財道具は別居の際すべて置いてきたので、現在の生活は世帯道具も十分揃つておらず、別居後現在まで○○椅子店に勤務しているが、月収五~六万円ほどであり(しかも裁判所へ出頭する都度当月は皆勤手当を支給されない)、別居当時中学一年の長男、小学六年の二男を抱え、その養育のため自身の収入のみでは生活が成り立たないため、夫宏に度々子供の養育費を含む生活費の分担を請求した結果、宏は昭和四九年頃まで毎月一万円、同年以降毎月二万円を渡すようになつた。しかし子供二人は小学校当時から父の不倫、外泊による父母の葛藤を目の当りにする不遇な生活環境のなかで成育したうえ、別居後は父宏とほとんど接触がなくなり、長男義夫は○○商業高校を中退後調理士見習をしていたが、昭和四九年頃から一時所在不明となつていたところ、昭和五〇年当時勤務していた○○○付近の旅館から病気中との連絡があり、母雅子がこれを引き取り徳島県立○○病院で診察を受けた結果、慢性肝炎等と診断され、昭和五〇年一〇月一三日から同年一一月二日、昭和五一年七月一九日から昭和五二年三月二〇日、同年八月九日から同年九月六日まで前後三回も同病気の治療のために入院を余儀なくされ、退院後も通院しなれければならぬため、この間ほとんど稼働することができず、他方治療費は入院期間中一ヵ月約八万円以上(但し母雅子の健康保険で治療を受けたので、三万九、〇〇〇円を超える部分は後日家旅療養付加給付として支給される)、通院中一ヵ月約三万円以上の高額に達した。このため雅子は治療費の増大に耐えきれず、夫宏に生活の苦しさを訴えて負担の援助を頼んだが、宏が応じなかつたため、やむなく実父井上光一から金二〇万円を借金して治療費を支払つた。宏は長男義夫の入院中もほとんど見舞に来なかつた。また二男昭二は○○中学に進学したが、成績は下位で授業の怠休が時々あり、中学二年の終了後に窃盗事件を犯し、当庁で試験観察処分を受け、事件後母方の祖父母宅に預けられて安定してきたが、父宏は二男昭二の行動についても無関心で、子供達に対する態度を変えることなく、父親としての責任を回避し続けていた。昭二は中卒後○○商業高校に進学して現在三年生であり、学費に月額一万五、〇〇〇円を要するので、アルバイトをしながら通学している。

4 宏が川本紀美子の強い希望を容れ昭和五一年七月二九日申立人両名を認知したのに続き、紀美子は同年八月一六日本件申立の手続をした。これに先立ち、宏は妻雅子に申立人両名の認知と父の氏への変更および父の戸籍への入籍について執ように了解を求め、雅子は夫宏の申入を受諾する気にはなれなかつたが、これを拒否すると生活費の援助を打ち切られるのではないかという懸念があつたので、その場は一応の同意を与えてしまつたが、二人の嫡出子は強くこれに反撥した。このため雅子の同意の気持はぐらつき、同人は同年九月二八日当庁に夫宏を相手に一ヵ月五万円の生活費と当時入院中の長男義夫の入院費用の支払を求めて婚姻費用分担の調停を申し立て(当庁昭和五一年(家イ)第三八八号)、同年一一月二二日の調停期日において宏は妻雅子に対し子供の入院費、養育費を含む婚姻費用の分担として昭和五一年一二月から別居期間中一ヵ月金五万円を雅子方に持参又は送金して支払う旨の調停が成立したが、この際申立人両名の父の氏への変更については格別話合がされなかつた。しかし、宏は同調停条項を完全には履行しておらず、昭和五二年五、六月分は各四万円を支払つたのみであり、各月の生活費を自ら持参又は送金することは少ない。

5 上記のとおり雅子と二人の嫡出子は毎日を生きるのに精一杯の苦しい生活環境の中にあり、妻雅子は現在ではもはや夫宏との同居は望んでおらず、さりとて離婚は嫡出子二人の就職、結婚に不利となるのでする気はないものの、身勝手な夫宏に対する感情は決して平穏ではなく、また雅子は本件申立が専ら申立人両名の母紀美子の意思によるものと推認しているところ、紀美子に対しては「宏と不倫な関係を持ち、家庭を壊して妻子を苦しめておきながら子供が生れたから私達の戸籍に入籍したいというのは身勝手すぎる。非嫡出子が父の氏を称せないことは出産の際に覚悟していたはずである」と憎悪に近い感情的な反撥を示し、申立人両名が改氏により自分達と同一戸籍に入籍すれば、世間から雅子らが宏と紀美子との不倫な関係を許容したかの如くに見られ、その結果義夫らの将来に支障をきたすと感じており、申立人両名の入籍に反対することを表明し、嫡出子の義夫、昭二は実母雅子が自分達の養育について言うにいわれぬ苦労を重ねてきたことを今では理解しており、父宏に対しては無責任身勝手で父としての責務を果たしていないと非難し、申立人両名の氏変更と父戸籍への入籍について母雅子以上に反対している。しかるに宏自身は妻雅子および二人の嫡出子の感情の宥和につとめ、その納得を得るような態度に出ておらず、妻が反対している以上子の氏変更は認められないだろうと半ば諦めの心境である。他方紀美子は、申立人両名が父宏の認知を受け現に父の許で養育されているので、同居中の父の氏を称することは子供の幸せのために当然と考え、本妻雅子の反対についてはこれを事前に予想していたものの、対立関係を全く意に介しておらず、宏の取下勧告にも応じない。

(2)  当裁判所は上記認定の事実関係のもとでは次の理由によつて本件申立を許可すべきでないと判断する。

1 申立人らは出生以来父母と同居してその監護を受け養育されており、父の認知を受け、必要とあれば父母の協議により親権者を父と定めることも可能と思われ、特に申立人佳子は自己の名前を読み書きできる年齢に達しているので、このような場合に申立人両名が同居中の父宏と同一氏を称することはその福祉にも適合するものと考えられる。

2 ところが父の本妻と嫡出子は申立人らの氏の変更に反対している。その理由は前述のとおりであるが、要するに、家庭を破壊された従来の経緯、特に宏との不倫関係発生の当初から紀美子の態度が関係維持に積極的であつたことに対する憎悪の感情的理由のほかに、本件氏変更の結果として、不倫の夫の非嫡出子が法的に婚姻した夫婦および嫡出子の戸籍に専ら家庭破壊の原因を作つた女性の意思によつて入籍することに対する反撥にもとづくものと解される。このような本妻側の意思を考慮して申立を許可しないことができるであろうか、非嫡出子と婚姻関係との利害感情が対立する分野である。父の氏への変更許可にもとづき、申立人両名が父の本妻および嫡出子と同一の戸籍に入籍し、同一の氏を称することは旧民法が嫡母庶子関係を認めたのと異なり、現在では何ら新たな身分上の権利義務関係を生ずるものではない。また父宏が申立人両名を婚外子として認知したことは、本妻および嫡出子の意思にかかわりなく、既に夫の戸籍の身分事項に記載されているから、これにより婚外子の存在が戸籍上明らかになつている以上、さらに進んで子の氏変更により父の戸籍に入籍しても嫡出子が受ける不利益に実質的な違いがないとの見解がある。そして夫婦が崩壊した結婚生活を再び復活させる蓋然性が全くない現状では、本妻側の反対は、単なる感情的反撥にすぎないもので、子の氏変更を拒否する実質的理由に乏しく、何ら責任なき非嫡出子にいわれなき犠牲を強いるものというのである。

3 しかし、父が本妻の同意を要せず単独でできる認知と異なり、本妻と嫡出子が非嫡出子と同籍するのは、同人らが非嫡出子の母と実父との不倫関係までも許容したうえのことではないかと他からみられ、その将来において嫡出子の就職、結婚等の社会生活上に支障が生ずると考えるのは一般的国民感情として肯定しうるところである。すなわち、本妻らが家庭破壊の重大な原因となつた女性と放恣な夫との間に出生した婚外子と籍を同じくすることに反対する態度は戸籍制度が改正されて久しい今日なお国民の間に根強いものがあり、むしろそれは真しな人間性にもとづくものとみるべきで、一種の社会生活上の利益の擁護に他ならず、これを単なる感情的反撥としてむげに排斥することは、一般的な国民感覚の上からみて妥当を欠くというべきである。また宏と紀美子は不貞の非難を免れないが、さればとてこれにより出生した申立人両名には罪がないとの理由で父の氏への変更を認めるべきだと一概に論ずるのも相当でない。なぜならば婚外子はもともと「母の氏を称すべきもの」と法律で定められており、他方、一夫一婦制度を前提とするわが国の戸籍は一つの夫婦およびこれと当然に氏を同じくする嫡出子ごとに編成される原則であり、婚外子が変更しようとする父の氏は夫のみのものではなく、同時に父の本妻の氏でもある。従つて夫と妻以外の女性間に出生した婚外子を同一戸籍に入れることは建前としては例外であり、それに対し妻子が賛成したり反対したりできることは当然のことであつて、この場合妻その他同一戸籍関係者の意思は十分に尊重されてしかるべきである。もとより婚外子に真にいわれなき犠牲を強いるのであればその福祉に反することになるが、前述のとおり婚外子はもともと母の氏を称すべきものと法律で定められており、かつ婚外子といえども他人の幸福ないし利益を害してまで法的保護を受け得るものではない。本件嫡出子らも申立人らと同様に未成年者で、共に将来就職、結婚を迎える世代である。たとえ夫婦仲が良くなかつたにせよ、人倫に反した父親や情婦のために戸籍を同じくする罪のない人々が自らの名誉や利益を奪われ、肩身の狭い思いや苦しみを負わねばならぬ道理はない。非嫡出子に犠牲を強いることが悪いことだとすれば、かかる嫡出子の立場もまた同じであり、単に婚外子に罪がないという理由のみで父の氏への変更が認められるとすれば、同様に罪なき妻子にとつてそれはまさしく俗にいう踏んだり蹴つたりに近いといわなければならない。このようにみてくると、非嫡出子の父の氏への変更について本妻側の反対がある場合には、非嫡出子の利益と本妻ら婚姻関係者の利益(すなわち婚姻の尊重)を比較検討し、非嫡出子の保護を優先させるべき特段の事情が存在する場合に限つて、父の氏への変更を許可すべきであると解すべきである。

4 これを本件についてみると、申立人由里は満一歳を過ぎたばかりの乳児、申立人佳子は本年四月幼稚園に入園したばかりの幼児であつて、その戸籍が父と同じでなければならないと考えつくほどの年齢に達しておらず、ただその氏を山田と呼ばれればある程度満足すべきものと考えられるところ、申立人佳子は幼稚園側の配慮により山田佳子として入園手続を済まし、一応希望が容れられたものであつて、現状のままでも左程の痛痒を感じないものといわねばならない。ところで、本件申立人らは幼年であり、前認定のとおり本件申立は父母、なかんずく母川本紀美子の強い意思にもとづくことが明らかである。しかるに、紀美子は、本妻雅子の側に特にとがめるべき事情もないのに、妻子のあることを知りながら宏と不倫な関係を結び、本妻雅子が夫宏の不倫と暴力によつて別居を余儀なくされると、あたかも当然のごとくに宏の許に入り込み、同棲生活を続けることにより、本妻雅子と嫡出子の家庭生活を破綻させ、同人らに言葉につくせぬ精神的苦悩、経済的打撃を与えながら、物心両面に苦労を重ねている雅子らの不遇な状態に対し一顧の謝罪の姿勢すら認められず、自分だけ悠々と生活しているとみても過言ではない。このような紀美子の性行からすれば、同女が妻子のある宏との間に子供の行末を真剣に考えて申立人らを生んだのか甚だ疑問であり、同女の態度は自分の幸福を考えるに急で、人間としての責任に真剣さが欠けるといわねばならず、宏の取下勧告にも応ぜず単に子供が生れ、不便であるから父の氏に変更したいとする本件申立は余りにも身勝手で、虫が良すぎるというべきである。本件申立は要するに申立人らの父宏、母紀美子が自分達の生存方便のために申立人らに父の氏を使わせてきて、これを罪の無い子の保護という名目で婚姻夫婦の戸籍に入籍することを意図したものである。そして申立人らの父の氏へ変更は同時に申立人らと現に同居している父宏、母紀美子が本来法的保護を受けることのない同棲関係であるのに、正式の婚姻関係であるように装つてきた世間体をさらに補強する効果を必然的に生ぜしめるものであり、当裁判所は、紀美子の前記行動にかんがみると、かかる倫理的に相当と認められない関係に軽々に助力を与えることはでき難い。また夫宏は妻雅子との婚姻関係の調整に真剣に努力して妻子に償いの気持をあらわし、本件申立に際しても誠意をもつて妻雅子らの同意を得ること、あるいは同意を得るよう手段をつくすべきが当然である。しかるに、本件の場合、夫宏が別居後妻雅子らに対し夫ないし父としての責務を果したとは到底認められず、同人らを長期間にわたり労苦に満ちた生活に耐えさせ、宏らからのわずかの援助のもとに、自活の途を切り開いて行くにまかせたのみならず、前記婚姻費用分担の調停により昭和五一年一二月から月金五万円の生活費が支給されることに決つたとはいえ、紀美子らに与える生活費に比較すれば大きな差異があり、嫡出子二人はそれぞれ近く就職をひかえ、戸籍上の利益を必要とする時期にある。しかも宏自身に本件氏変更に反対する妻雅子および嫡出子の同意を得るための誠意ある努力は全くなされていない。かかる経緯によれば、妻子が氏の変更に反対する心情は正当な婚姻関係にある妻の感情上の利益としても十分に理解できるもので、それはまさに法的保護に値する生活利益の主張にほかならない。もし本件のような事情のもとに、妻雅子の意に反して子の氏の変更が認められるとすれば、あまりに妻雅子にとつて酷であり、それはまさに上述のとおりの踏んだり蹴つたりであるといわねばならない。宏、紀美子の両名は雅子が当裁判所の審問の席上で訴えた「私達がどんな苦しい気持で毎日を生きてきたか一度でもいいから考えてもらいたい」との言葉に謙虚に耳を傾むけ、徒らに妻の感情を刺激して問題の解決を益々困難ならしめるようなことをせず、自己の非を素直に認め、相当な犠牲を払う覚悟をもつて雅子やその二人の嫡出子の生活の保障にさらに一段の努力をする等して雅子の感情の宥和につとめ、妻子との接触を深めて、その後に本件の最終的解決を計るのが本道であると考える。

5 以上を総合考慮すると、本件においては改氏に反対する妻の態度を尊重すべきで、申立人両名の保護を優先させるべき特別の事情は認められず、未だ申立人両名は現状どおり通称として父宏と同じ山田姓を使用することで満足すべきであり、今直ちに戸籍上においてまで氏を変更して山田の氏を称することを認めるのは相当でない。

よつて本件申立を却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 藤田清臣)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例